僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

26年、とりあえずは継続しました。

飲酒歴40年、断酒歴4年、不良初期高齢者、リスボン、61歳。

本日もリスボンの、人に歴史あり?ノープランブログ、ご訪問ありがとうございます。

 

今日は僕にしては珍しいタイプの仕事を割り当てられ、担当してきました。

何かといいますと、展覧会の受付業務です。

もっと正確に言いますと、

受付業務を担当している学生諸氏の監督業務です。

僕の勤務する大学の卒業制作展の第2部が始まり、

今日の受付監督業務を割り当てられたということです。

 

監督業務とはいっても、何にも専務でした。

具体的な受付は学生諸嬢が滞りなく行いますし、

僕はたまにお越しになる、ちょっとエラそうっぽい方にあいさつするくらいでした。

 

で、今日は土曜日。

卒業生や現役の学生諸氏が観覧に訪れます。

特に卒業生の中でも、東京をはじめとする関東地方に活躍の場を移したみんなは、

母校の卒業制作展に週末にこぞってやってきてくれます。

もちろん、仕事についている彼女・彼らにとっては、

土日が唯一のチャンスでもあり、

また期せずして会場で顔を合わせた同期や先輩、後輩同士で、

日が暮れてからプチ同窓会を楽しもうという目論見もあると思います。

 

現在、僕の勤め先で、創立以来、ずっと就業しているのは、

僕を含めて3人だけになりました。

教員は僕一人です。

つまり卒業制作展の受付をしながら、

開学以来の全ての学年の卒業生、ならびに在学生に顔を知られているのは、

僕一人ということになります。

もちろん僕は、若者やかつての若者諸氏の宴席に同席することはありませんが、

しかし、長く勤めてきたものだなと思います。

 

時々、報告していますように、

僕の勤務先への帰属意識はあまり高くありません。

でも草創期の卒業生たちにとってみると、

たとえはみ出し者であったとはいえ、

僕のようなものが今でも在籍していることは、意味のあることかもしれません。

そう考えてみると、酒ごときで命を落とさなくてよかったと思います。

 

僕が肝硬変の診断しか受けていなかったとしたら、

過度に飲みすぎなければいいだろと都合よく解釈し、

再飲酒に走っていたと思いますが、

ある意味で幸いなことに、使用障害の診断も頂戴しました。

そしてその診断に従い、断酒ライフに入門しました。

そのおかげで、まだ現役として活動できています。

 

26年、あと4年です。

不満を垂らしながらも、断酒ライフの継続の中で、

もう少し、勤め人?を続けます。

 

皆さんも僕も、今日も明日も、厚かましくも謙虚にかつご機嫌さんで

LWoA Life Without Alcohol 断酒ライフ、継続していきましょう。