僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

時代の変化を眺める=高齢者の特権?

飲酒歴40年、断酒歴4年と5か月、不良初期高齢者、リスボン、61歳。

本日もリスボンの、ホンマに不良高齢者やわ・ノープランブログ、ご訪問ありがとうございます。

 

今の僕の勤務先の大学の新型ウィルス感染症対策・授業運営の部。

 

僕の勤務先の大学では現在、

いわゆる対面型の授業と、遠隔展開の授業の両方が行われています。

どうしても教室なり実習室なりに集まらないと成立しない授業は、

一応、感染症拡大対策を講じたうえで、対面型のリアル授業を行い、

教室条件等から三密状態を避けられない授業は、

オンラインでの展開が義務付けられています。

 

僕の担当授業は、2科目ある英語では対面授業を行い、

全1年生に履修を義務付けている大学入門科目では、

学習内容と手法を縮小させた形で対面での実施、

そして講義科目2科目、4コマは、全てオンライン配信で行っています。

 

昨日は対面授業、

そして今日はオンライン授業のための録画作業のために大学に行きました。

そして少しづつですが、学生たちも大学に来るようになっています。

やはり学内で学生を見かけたり、話したりするのは、楽しいものです。

 

昨日の事ですが、

対面授業を1コマ終えその授業の履修学生のひとりと、

僕の仕事部屋で少し話し込みました。

そしてまたねぇ~ってなことを言いながら、帰宅しようと学内を移動していると、

学生たちのたまり場に何人かのよく知っている学生がたまっていたので、

僕も少し立ち寄りました。

 

そしてその中のひとりから、彼女が今与えられている授業の課題について、

相談を受けました。

その課題はどうやら、新型感染症対策をとらざるを得ない現状における、

大学の授業の在り方についての、

新たな提案を模索することがテーマとして与えらえているとのことです。

 

彼女はこの課題に対して、かなりネガティブな気持になっているようで、

オンライン上での展開に新しい可能性を見出そうという課題の趣旨に、

どうしてもついていけないと言ってきました。

 

彼女の感じている不安や不満は、僕も、共感できました。

というのも、3月から4月にかけて、

即ち、ここまで新型感染症の問題が社会そのものを震撼させるというとんでもない事態になるという予感がまだもてなかった頃は、

とにかく通常の授業を何としてでもやるしかないやろうと、

オンラインでの展開に対して、ほとんど本能的な拒否反応を僕も示していたからです。

 

今では少しばかり開き直り、

今のオンラインを強制される状況をそれなりに遊んでやろうと思っています。

そしてその僕の感じ方を伝えたところ、

どうも腑に落ちないようでした。

 

昨日は帰宅してからも、

彼女の悩みに対して少しでもアドバイスができたらなぁと思い、

何とか鈍い頭を回転させていました。

 

そして少しだけ、分かりました。

 

オンラインでの新たな可能性を探ろうという、

ある種の世間からの抑圧的な強制に対して、

現役の研究者としての賞味期限切れが近づいている僕は、

ある程度、客観的な距離を取りながら、

笑い飛ばす感覚を携えながら見ることができます。

しかし、まだまだ現役世代の入門段階にある彼女にとっては、

当事者性から目を背けることができないため、

客観的に笑い飛ばすことができないのでしょう。

 

今日も帰りがけに彼女と会えましたので、

そんなことを伝えてみました。

そして、現役の学生としての当事者性を引き受けながらも、

例えば、無意識のうちに圧力をかけている人たちの思いも想像し、

この不思議なパワーゲームの成り立ちについて、

ある種のメタの立場から考えてみるのはどうかとアドバイスしてみました。

僕の身勝手なアドバイスが彼女にとってプラスに働くかどうかは、

分かりません。

僕も分かった気になっているだけの可能性もあります。

でも、時代が押し付けてくる抑圧に対して、

それを当然のこととして感受するのではなく、

抑圧は抑圧として批判的にとらえなおす必要があることは、見出しました。

 

職能としての研究者としての役割は、あと3年半で終わりますが、

自らを生きる主体としての脳みその活性化という義務は、

常に忘れないでおこうと思います。

年寄りには年寄りにしかできない、脳みその使い方があるようです。

 

そんなわけで、脳みそは死ぬまで元気。

 

皆さんも僕も、今日も明日も、厚かましくも謙虚にかつご機嫌さんで

LWoA Life Without Alcohol 断酒ライフ、継続していきましょう。