飲酒歴40年、断酒歴4年と6か月、不良初期高齢者、リスボン、レベル61。
本日もリスボンの、小さな話題・ノープランブログ、ご訪問ありがとうございます。
昼から久しぶりにブックオフを覗きました。
一時ブックオフは、Sars-Cov-19 感染拡大防止のためということで、
立ち読みご遠慮下さいという姿勢を前面に出していましたが、
今では、感染拡大防止の取り組みが長期戦になりそうだということもあり、
立ち読みご遠慮ください感は消えており、
以前のようにゆっくりと品定めができるようになっていました。
適当に雑学新書やマンガを見て回っている時に周囲を見て少し愕然としました。
店内で立ち読みなり、商品の選定をしていた客のほぼ9割が、
ええ歳こいたおっさんでした。
もちろん、僕もその中のひとりです。
この現象、どう理解しましょう。
偶然に過ぎないということでスルーしましょうか。
それともこの現象には、
僕たち中高年のおっさんが置かれている状況が反映されているのか、
もっと大げさに言えば、今の日本の社会的な状況の縮図なのか、
いろいろなことが考えられそうです。
一つだけはっきりしているのは、
昼間からブックオフで過ごしているおっさんは、
まず間違いなく、金をもっていません、僕も含めて。
ま、いいか。
昭和から平成の感覚を色濃く残すマンガの一つ、
「部長島耕作」を読んでいた時に、ちょっとやばい瞬間がありました。
島耕作シリーズ、僕のように会社勤めをしたことのない人間にとっては、
日本の経済発展の舞台裏の一面を伝えてくれる、貴重な作品です。
今日、読んだ巻では、人事をめぐる社内政治の駆け引きが取り上げられていましたが、
島耕作が気の置けない仲間たちとともに、
接待とは縁のない、新宿ゴールデン街の一角にある隠れ家酒場で、
勝利の祝杯を挙げるシーンがありました。
僕は会社勤めの経験はありませんが、
盛り場ピアニストとして生計を立てていたころは、
ビジネスマンたちが酒場で胸襟を開き合う場面には何回も同席しています。
そしてふと思ってしまいました。
もう僕の人生には、
何か、一仕事を終えた後に、
気の置けない仲間たちと街の隠れ家で祝杯を挙げることは、
絶対にないということを、です。
仕事を一つ片づけた解放感、
日常生活の時間の流れとは一線を画する時空間での安らぎ、
自分だけに許された特別な時間の楽しみ。
考えてみれば、勤め人にとって、週末の静かな一杯は、
豊かな意味をもっていたようです。
勤め人の経験もなく、
そして人生の早い時期からやや過度の習慣飲酒に落ちてしまった僕には、
そもそもそんな豊かな時間はなかったのかもしれません。
正直、寂しい感じもします。
しかし昨日も振り返ったように、
僕にとって一滴のアルコールは、
精神的にも身体的にも、そしてもちろん人間としての破滅の入り口でしかありません。
寂しいだけです。
そしてその寂しさも、一瞬だけです。
後60年、思い切り人生を楽しむためにもいつもの気合です。
皆さんも僕も、今日も明日も、厚かましくも謙虚にかつご機嫌さんで
LWoA Life Without Alcohol 断酒ライフ、継続していきましょう。