僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

モーツアルトの助けを借りないと・・・

飲酒歴40年、断酒歴4年と6か月、不良初期高齢者、リスボン、レベル61。

本日もリスボンの、ちょっとやり切れないっす・ノープランブログ、ご訪問ありがとうございます。

 

今、モーツアルト交響曲第9番を聴きながら書いています。

早逝したモーツアルト

でも交響曲は番号が付けられているものだけでも41曲、残しています。

ということは、9番の交響曲

モーツアルトが相当、若いころの作品だと思います。

 

天才、モーツアルトとはいえ、やはり初期の作品には、

素朴な簡潔さが光っています。

メロディーも和声も、とても分かりやすく、

適度な疲労の中で聴いたら、心も体もトロトロに溶けてしまいそうです。

 

なぜ今、モーツアルトの初期の交響曲を聴いているかというと、

そうでもしないと心がささくれ立って仕方がないからです。

 

ほんの1時間ほど前、7時少し前ですが、

パートナーと言い争いをしました。

帰省中の長女の前で、です。

 

時々、報告していますが、

パートナーは、我が国の恥ずべき、ウンコ総理の支持者です。

いろいろな面で発想がネトウヨです。

なぜあやつが人類の敵、ネトウヨに堕してしまったのかは、

僕もよくわかりません。

 

その時、NHKの番宣で、

LGBTのカップルの子育てに関するドキュメンタリーの予告が流れていました。

その時パートナーは、

こどもをもったLGBTのカップルに対して、

こどもが将来受けるかもしれない抑圧のことを考えると、

こどもをもつべきではなかったというようなことを長女に言いました。

その発言は、僕が同席していることは全く前提としていませんでした。

ま、それはいいです。

 

ただし、このパートナーの発言、

障害学や障害者福祉に関わるものとしての立場からは、

無視することはできませんでした。

LGBTのカップルの間のこどもが辛い目にあう可能性があるのは、

社会が少数者に対して抑圧的にふるまうことを当然のこととして認めている、

我が国のような野蛮な社会においての事であり、

そのことについて僕は、指摘しないわけにはいきませんでした。

 

パートナーは自覚がないとは思いますが、

彼女の発言は、あの杉田何とかという、

人間性と思考能力のかけらももち合わせていない、

国会議員と同じレベルに立った、

極めて残虐で、無知、無理解に基づいたものです。

 

僕が彼女の発言の社会的問題性を指摘すると、

いや、あくまで自分だったらそうはしないという個人としての仮定の話だといって、

問題を矮小化して返してきました。

 

ここで長女がパートナーに対して、

もとの発言そのものに対して、

思っていてもいうべきではないという、

場を取りなしつつ、パートナーの非を認めるかのようなことを言いました。

 

それからパートナーは押し黙ってしまいました。

空気が重たくなったことを察した長女は、自室にこもってしまいました。

 

僕には、一度、考えを話し始めると、

適当なところで納めることができないという、こどもじみた欠点があります。

パートナーのネトウヨ的発想や、無知・無理解に基づく独善的な発言に対しては、

できる限り、無視するようにしていますが、

どうしても黙っていられないこともあります。

今日もそんなわけで、

家族3人、今のところ、凍りついています。

 

妥協できないことがあります。

妥協できないことで重苦しい気もちに苛まれます。

でも一線は絶対に崩しません。

 

皆さんも僕も、今日も明日も、厚かましくも謙虚にかつご機嫌さんで

LWoA Life Without Alcohol 断酒ラフ、継続していきましょう。