僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

若者に伝えたいのですが・・・

飲酒歴40年、断酒歴4年と11か月、不良初期高齢者、リスボン、レベル62。

本日もリスボンの、少しばかり難問?ノープランブログ、ご訪問ありがとうございます。

 

今日も少し真面目に、僕の担当している授業の内容に関する話です。

先日も報告しましたように、ここ3回ほど、現代デザイン論Bという授業で、

「デジタル文化とデザイン」という章立ての下、デジタル文化批判を展開しています。

意外にも学生たちからは、僕の主張に共感できるという声が返ってきており、

少し、図に乗っています。

 

今日はその最終回ということで、

デジタル機器が潜在的にもっている依存症を誘発する危機について話しました。

そして僕自身は、その危険を避けるために、

デジタル機器と少しだけ距離を置いていることについて触れました。

その際に、依存症という精神病理のもっている恐ろしい側面についても語りました。

 

依存症は一度、罹患してしまうと、ほぼ完治があり得ないこと、

特に薬物依存は、人格の崩壊や生命の危険にも直結する可能性があること、

デジタル機器依存や、デジタル機器使用依存にも、未知の潜在的な危険があること等、

依存症に潜む様ざまな危険について触れましたが、

その際に、

僕は研究活動の中で、依存症当事者の方を多く存じ上げており、

彼らの苦しみについても、深く知っているという語り方をしました。

 

もちろん、嘘ではありません。

学会活動や福祉の現場で、さまざまな当事者の方を存じ上げています。

しかし僕がアルコール依存、あるいはアルコール使用障害の当事者であることについては、

ついに告白しませんでした。

 

自分が通っている大学の、しかも受講している科目の担当教師が精神病理の当事者である、

これは若者たちにとってみれば、少しばかり受け入れがたいことかもしれません。

僕は、僕自身が使用障害当事者になったことで、

僕の研究の基盤となる基礎的な考察活動に深みをもたせることができたと考えていますが、

やはり、若者たちの前でそのことについて堂々と語るだけの覚悟がまだできていません。

僕が僕自身のことを正直に語ることは、

学術的には意味があることだと思っていますが、

教育という側面から考えるとどうなのかという点については、

確信をもてる考え方に至っていません。

かなりの難問なんだろうなと思っています。

 

薬物使用障害をはじめとする、依存症と呼ばれる精神障害について、

社会に向けて当事者が声を上げること、

これは常々主張していますように、

重要なことだと思っています。

若者に向けてどのように語るべきか、

あるいは語るべきではないのか、

もう少し考えてみます。

 

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先日の学生主催のファッションショーに出演した際の僕の晴れ姿?です。

ご笑覧あれ。

 

笑っていただけたところでいつもの気合。

皆さんも僕も、今日も明日も、厚かましくも謙虚にかつご機嫌さんで

LWoA Life Without Alcohol 断酒ライフ、継続していきましょう。