僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

10年前

飲酒歴40年、断酒歴5年と1か月、不良初期高齢者、リスボン、レベル62。

本日もリスボンの、震災を振り返る・ノープランブログ、ご訪問ありがとうございます。

 

今日は3月11日、

東日本大震災から10年が経ちました。

まだ10年ですので、あの時、どんな1日を過ごしたのか、

覚えていることもそこそこあります。

 

2011年3月11日、2時46分、僕は大学の卒業式・記念パーティーの会場にいました。

ここ、滋賀県もかなり揺れましたが、

しかしさすがに震源地からかなり離れていましたので、

揺れの性質が全く異なっていました。

最初にドンと横っ腹を殴られた感じがあり、

そのあと、船に揺られているかのような、ゆっくりとした揺れが続きました。

 

ちょうど卒業式が終わり、これからパーティーに移るという、

休憩時間のことだったと思います。

ホテルのロビーのシャンデリアが、ゆっくりと揺れ続けました。

まだスマホもそれほど普及しておらず、

東北の悲惨な状況も知らずに、卒業パーティーに臨んでいました。

 

とんでもない災害であったことが分かったのは、

2次会に向かうために懇意にしていた学生たちと集まった、

山科駅の改札前でのことでした。

その頃には、とんでもない災害であったことがかなり知れ渡っていましたが、

しかし僕たちにとってはやはり他人事であり、

また新たに酒を飲み散らかしました。

 

なぜかその二日後に、僕たち家族は、

今のおばワンチャマと出会い、家族として迎えました。

 

続く4月からの大講義室での授業の際に、

被災者と連帯する気持ちも込めて、空調の使用を控えました。

 

なぜかその年、真性のADHDが疑われる女子学生が入学し、

なぜか僕は、彼女からストーキングされました。

大学構内で僕に出会うとその学生は、

気持ちが落ち着くといって、僕のそばを離れませんでした。

もっとも彼女は、学内外でいくつかの小さな問題行動を起こしたのちに、

その年のうちに退学しました。

 

僕は東日本大震災の6年後に、アルコール使用障害の診断を受け、

断酒ライフに入門しました。

当たり前のことですが、

断酒ライフに入門したことにより、

災害の際に少しでも適切な判断や行動がとれるようになったと思います。

 

今日の2時46分は、地元の大手スーパーの店内にいましたが、

店の呼びかけに応じ、黙とうを行いました。

 

地震、地球にとってみれば、ちょっとしたくしゃみのようなモノでしょう。

必ず何度もやってきます。

ですので、備える意味も込めて。

 

皆さんも僕も、今日も明日も、厚かましくも謙虚にかつご機嫌さんで、

LWoA Life Without Alcohol 断酒ライフ、継続していきましょう。