飲酒歴40年、断酒歴6年と2カ月、不良初期高齢者、リスボン、レベル63。
本日もリスボンの、多分結論なし・ノープランブログ、ご訪問ありがとうございます。
くすり。
薬品と書けば、すごく役に立つ、ありがたいものという印象をもたらしますが、
薬物と書くと、場合によっては命に関わったり、犯罪ともかかわるような危険なにおいを帯びます。
僕たちは広い意味での薬物使用障害当事者です。
これまでも何回か書いたことがありますが、
僕は依存症という言葉を使わなくなりました。
僕たちの精神疾病については、アルコール依存症という名称が一番、通りがよいのですが、
しかし依存欲求発作に襲われていない状態の僕たちを依存症と呼ぶのは不適切だと考え、
使用障害という考え方を用いるようにしています。
薬品と薬物、その境目はあまり明確ではありません。
薬事法という法律があり、その中で薬局方という規格が定められており、
その規格の範疇に収まるものが薬品ということになるようです。
しかしこの薬局方という規格も、常に改訂が行われるそうで、
絶対的な安定性はもたないようです。
僕たちの使用障害対象物質であるアルコール飲料は、
一般的には嗜好品飲料であり、薬品とはみなされませんが、
酒は百薬の長なぞといわれたこともあり、
その薬効的な効能が重宝されることもあります。
しかし僕たちの事例を挙げるまでもなく、
恒常的な過度の摂取により、精神や身体に悪影響を及ぼす可能性があることも事実ですし、
時には、一時的な過剰摂取により人間関係に回復不能なヒビをもたらし、
反社会的な事案を引き起こすことも少なくありません。
酒は薬品として働く可能性が全くないわけではないようですが、
薬物としての潜在的なパワーには注意が必要でしょう。
僕は長年の過剰飲酒によって、アルコール使用障害と同時に、
肝硬変も患いました。
今のところ、アルコール飲料以外には食事制限はありませんが、
肝臓がんの発症の危険性とはいつでも隣り合わせのようです。
そして肝臓の現状を保つための薬品を7種類、処方されています。
量としては大したことはないのですが、
しかし7種類というのは少しダイバーシティーが過ぎるような気もします。
量に関しては、ドクターに指定された量よりも少なめに服用するようにしています。
薬品とはいえ、心身に何らかの影響をもたらす物質であることは事実ですので、
薬品の摂取そのものが自然の摂理に反しているような気がするからです。
世の中にはくすり好きの人もいるようですし、
くすりに対して過度の信頼を置いている人もいるようです。
茶番自殺未遂が趣味のクソ親父は、
時にまともな判断力を失った行動を起こします。
僕自身の体験と、ここ1年間、振り回され続けているクソ親父の行動を併せ考えると、
僕は薬品に対しても、薬物と同じく、危険性を感じてしまいます。
案外、僕の本能的な危険感受性は、適切に働いていると思いますよ。
ですので、断酒ライフの継続はもちろん、
お医者さんに怒られない程度の薬品投与サボタージュも続けようと思います。