飲酒歴40年、断酒歴6年と4カ月、不良初期高齢者、リスボン、レベル63。
本日もリスボンの、これは無視できない!ノープランブログ、ご訪問ありがとうございます。
今日は、飲酒者であった頃に信じ込んでいた勘違いについて考えてみます。
若い頃の僕には、お医者さんになろうという気持ちはこれっぽちもありませんでした。
医学部に入学できる学力があったかどうかという点でいうと、
医学部もピンキリですので、
お金の力で何とかなった大学はあったと思いますし、
ある程度、時間をかけて努力すれば、
地方の国立大学の医学部に入学できる可能性が全くなかったとは思いません。
もちろん、医学部を目指すことは一度たりとも考えもしませんでした。
受験ヒエラルキーの頂点にあるからというだけで医学部を目指すというのは、
自らの価値観を放棄しているように思えたからでもあります。
ある程度、大人になってから、酒を酌み交わしながら大学の先輩と話したことがあります。
救急患者のことを考えて日常的な飲酒をあきらめなければいけない職業としての医者には、
お互いになれんなぁと。
先輩も僕と同業の道を歩まれ、大学の教員として活動されていました。
僕も先輩も、一日の終わりには酒を飲むという行為に、
何も勝るプライオリティーを置いており、
そしてそのような生き方に対して全く疑問を挟むことはなかったのです。
おそらく潜在的な依存状態が形成されつつある飲酒者は、
人生の選択においても酒にとらわれてしまっており、
しかもそのことの異常さを認識することは全くないのです。
よく考えてみれば、これはかなり異常なことです。
飲酒という行為によって脳の回路の一部が蝕まれてしまった僕たちのような人間は、
人生のチャンスの多くを、自らふいにしてしまったようです。
例えば、飛行機のパイロットは、乗務の24時間前から飲酒を控えますが、
飲酒者時代の僕は、その勤務条件が非人間的なものであると感じていました。
今日、JAICA 国際協力機構のテレビ CM で、
世界中のいろいろな場所で活躍する若者たちの姿を見た時に、
すでに20台でアルコール使用障害者になっていた僕の生き方が、
ちょっと狭苦しく、みじめなものに思えてきました。
もちろん、後悔先立たずで、
断酒ライフを送る若者、
あるいは少なくとも酒に精神が蝕まれていない生活を送る若者には、
今さら戻れません。
でも酒には、人生の可能性を自ら狭める、あるいは放棄してしまう、
そんな精神構造を生み出してしまう危険性があることは間違いのないことです。
話が少しばかり段階が必要なので、
このことをストレートに若者たちに向けたアドバイスとして伝えることは難しいかもしれません。
でも必要とあれば、いつでも語ることができるように、問題点を整理しておく必要がありそうです。
断酒ライフの最大の特典、3C (クリアー、クレバー、クール)の脳みそを活用しましょう。