僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る元大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

使用障害当事者にとって薬物とは

飲酒歴40年、断酒歴6年と5か月、不良初期高齢者、リスボン、レベル63。

本日もリスボンの、脳が強制されていた・ノープランブログ、ご訪問ありがとうございます。

 

突然ですが、思いついてしまいました。

ほぼ40年に及ぶ僕の断酒者としての人生、

とてつもなくかわいそうな奴の人生だったなと。

 

何が一番かわいそうだったかというと、

毎日、酒を飲むための時間を捻出しなければならなかったことです。

それも、2時間から3時間、いや時にはもっと長く。

 

僕たち、習慣飲酒者は、

一日のうちの目を覚ましている時間の5分の1以上を、

飲酒に充てていました。

しかも哀れなことに、

自ら望んで、つまり自分の意志で酒を飲んでいたと頑なに信じ込んでいました。

 

今ならわかります。

僕たちは自らの意志で酒を飲んでいたわけではなかったことを。

僕たちの脳の中に、身体全体に対して飲酒を強要する回路ができ上がっていたのです。

 

あの時の僕たちは、酒を飲むことで解放されたような気になっていましたが、

何のことはない、飲酒強要回路のスイッチを入れることで、

この回路特有の強制性から一時的に離れられただけのことでした。

 

飲酒は何ももたらさなかった。

あえて言えば、大脳の萎縮と肝細胞の繊維化をもたらしてくれました。

 

飲酒強要回路から本当の意味で解放されなければ、

知性においても行動特性においても、最低最悪の存在になりながら、

不細工な死を迎えることになっていました。

 

僕にとって6年半前の入院、

つまり肝臓からの SOS サインは、立ち直るための最後のチャンスだったようです。

 

改めて最後のチャンスにしがみつくことができたことに感謝します。