僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

老いた芸人の生きざま

飲酒歴40年、断酒歴6年と6か月、不良初期高齢者、リスボン、レベル63。

本日もリスボンの、明日は我が身?ノープランブログ、ご訪問ありがとうございます。

 

今日も勉強と音楽の練習、そして気分転換の小さな外出、

特別なことは何もない、夏季休暇の一日でした。

 

あまり詳しいことは知らないのですが、

落語家の三遊亭円楽さんが病気療養から復帰されたことがニュースで報道されていました。

 

円楽さんといえば、笑点のレギュラーメンバーの一人として、

腹黒キャラで人気を博していましたが、

今日の復帰の高座、

やはり見方によっては痛々しいものでした。

 

 

幕が上がると、すでに講釈台を前に円楽さんが、板付きの状態で登場しました。

歩行が困難なので致し方がないことでしょう。

声の張りも今一つ、そして何よりも気になったのは、

顔の向かって右半分の表情の動きが乏しかったことで、

おそらくこれも病気の後遺症でしょう。

 

語りも少しゆっくりしてましたが、

随所に毒舌を絡めた話のキレは、変わりませんでした。

 

これは僕の邪推にすぎませんが、

おそらく、高座への復帰については、悩まれたことと思います。

往年のエッジのきいた噺しぶりに再帰することは、おそらく望めない、

噺家として明らかに一つのスキルが落ちてしまった状態で復帰すること、

言い換えれば、あえて醜態を晒すこと、

思い切った決断を必要とされたことでしょう。

 

あえて醜態と書きましたが、

でも違う見方も可能です。

表面的なスキルが衰えようとも、

芸の本質は見失っていない、

むしろ、肉体的かつ表層的なハンデを被ったことによって、

芸に凄みを加えることにつながるかもしれない。

 

そしてホンマに邪推にすぎないのですが、

きっと円楽さんは、高座に上がることが何よりも好きなんじゃないかな。

たとえ一見、ボロボロに見えたとしても、

高座で噺すことが生きることそのものであるような生き方、

きっとそんな生き方を円楽さんは選んだんじゃないかなと思っています。

 

そして、厚かましいことは百も承知ですが、

僕自身の生き方にも重ねてみてしまいました。

いつまでピアノを弾き、歌を歌うことができるのか、わかりませんが、

僕は音楽とともに生きることを選びます。

勘違いの街角ピアノ・オジィとして歌いながら死ねたら、一番うれしいです。

それもできたら、リスボンの街角で。

リスボンで一生を終えることは、かなり難しいと思いますけど。