本日もリスボンの、思いつき・ノープラン・ブログ、ご訪問ありがとうございます。
昨晩は、とあるアル症の方のサイトを読み、少し考えさせられてしまいました。
その方は、学生時代にどうしようもない過剰飲酒状態に陥り、
その後、お仕事につかれてからも朝まで飲酒を繰り返してしまったそうです。
もちろん、その結果、多くのものを失われたそうです。
その後、お仕事につかれてからも朝まで飲酒を繰り返してしまったそうです。
もちろん、その結果、多くのものを失われたそうです。
多くの皆さんが、過剰な飲酒によって人生の修羅場を経験なさってらっしゃるようですね。
僕は、肝硬変という形で健康を害した以外には、飲酒による地獄は経験していないといってよいでしょう。
過剰飲酒の最終段階では、倅に常に監視され、家族から冷たい目で見られるといった状況もありましたが、
それほど長期間のことではありませんでした。
過剰飲酒の最終段階では、倅に常に監視され、家族から冷たい目で見られるといった状況もありましたが、
それほど長期間のことではありませんでした。
幸いにも飲酒によって仕事に穴をあけたことはありませんし、
飲○運転を摘発されたことも、また事故を起こしたこともありません。
飲○運転を摘発されたことも、また事故を起こしたこともありません。
もっとも仕事に関していえば、
少なくとも業績相応の昇格人事を受けていないという点で飲酒の影響があるのかもしれませんが。
少なくとも業績相応の昇格人事を受けていないという点で飲酒の影響があるのかもしれませんが。
僕はラッキーだったんですよね、修羅場を迎える前に断酒者になれたということで。
職場には、カミングアウトした仲間以外には、僕の生活様式が変わったことを知っている人はほとんどいません。
比較的静かに断酒ライフにシフトできたようです。
もう一つラッキーだったことは、僕は僕のアル症を認識すること、自覚することができた点です。
おそらく世間には、ほぼアル症でありながら、小さな問題しか起こしていないがゆえに、
そしてその小さな問題も、飲酒以外の理由に帰することもできるがゆえに、
アル症を自覚していない人びとがごまんといることでしょう。
おそらく世間には、ほぼアル症でありながら、小さな問題しか起こしていないがゆえに、
そしてその小さな問題も、飲酒以外の理由に帰することもできるがゆえに、
アル症を自覚していない人びとがごまんといることでしょう。
問題飲酒の予備軍、あるいは既に問題飲酒行動に走っているにもかかわらずそれを認めようとしない人たち、
このような人たちをスルーしてしまう傾向が僕たちの社会にはありそうです。
もしかすると無視できない問題かもしれません。
このような人たちをスルーしてしまう傾向が僕たちの社会にはありそうです。
もしかすると無視できない問題かもしれません。
すみません、今日は特に結論めいたことを書くことができません。
が、