僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る元大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

花見に潜む危険?

鳥のさえずり、春霞、空気の流れ、若者たちの瞳の輝き。
春はあちこちに芽吹いてます、2回目のアル症・肝硬変の春、元気です、リスボン、58歳。

本日もリスボンの、邪推100%・ノープラン・ブログ、ご訪問ありがとうございます。

ワイドショーなどで、花見をめぐるドタバタが報道されています。

場所取りをめぐるひと悶着、
泥酔したうえでの喧嘩騒ぎ、
不十分な後片付けetc.etc...

おそらく世界標準的な感覚?からすればこの日本の花見というイヴェント、奇習の類に入るんじゃないかなぁ。

自然の移り変わりをめでるのであれば、何も桜だけじゃないでしょ。
秋には紅葉もあれば、お月見あるし、雪も状況によってはなかなかの風情を醸し出しますよね。

でも、昼日中から、それこそ集団的に場所を確保して、酒を飲み、騒ぐ。
桜をめでるというのは、単なるきっかけ、トリガーに過ぎなくて、
要は、年度初めに行われる、公認の戸外でのどんちゃん騒ぎ、これがジャパニーズ・ハナミですよね。
年度初めですので、職場や学校等の新たなメンバー同志の顔合わせという意味もあるかもしれません。

でも・・・

機会飲酒を楽しんでいる人にとっては、たまに屋外で楽しむ宴席、ホンマにたまのことであれば楽しいでしょう。

しかしかつての僕たちのように習慣飲酒者にとっては、危険な世界への入り口かもしれません。

まず、昼日中に酒を飲む。
それも仕事終わりではなく、仕事もせずに、あるいは仕事にあまりはっきりとした区切りもつかない時間であるにもかかわらず。

そして花見のやばいところは、昼日中に酒を飲んでいても、花見という免罪符のもと、白い目で見られることはあまりない。

そして習慣飲酒者は、昼日中では終わりません。
当然のごとく、夕刻から夜へと連続飲酒が展開されます。

1回や2回の花見がアル症者を生み出すとは言いません。
しかし、公認の昼のみが朝のみの遠いきっかけになる可能性は否定できませんよね。

僕自身は、もともと大勢での宴席が好きではなかったので、花見という宴席への参加は、実は1度しか経験していません、意外にも。

でもこのブログの初期のころに書きましたように、
昼のみから朝のみへと飲酒時間が拡張するにつれて依存の度合いが高くなっていったのは事実です。

ですので、花見という宴席の潜在的な危険性については、もっと多くの人びとが注意してもいいんじゃないでしょうか。
特に新入生、新入社員といった若者たち。

急性アルコール中毒症も恐ろしいけれど、じわじわと時間を経て聞いてくるアルコール使用障害への入り口としての危険。

お花見。変な習慣だと思います。そして
社会的な危険を伴う習慣だとも思います。

いつものように
皆さんも僕も、今日も明日も、厚かましくも謙虚にかつご機嫌さんで
LWOA Life Without Alcohol 断酒ライフ、継続していきましょう。