僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る元大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

明るい綱渡り

障害学と芸術学の橋渡しを画策し、デザイン理論と外国語を教えることにより生活の資を得、アル症と肝硬変を生きています、リスボン、57歳です。

普通の見方からすれば、アル症の発症も肝硬変も、不幸なことです。

どちらも、一般的な人びとにとってある種、生活の華ともいうべき行動、営みである、飲酒を絶対的に禁止します。

飲酒は、一日の行動のオンからオフへの切り替えの分かりやすいスイッチです。
人生にたまに訪れる特別な喜びにも、お酒は彩りを添えます。

そのような華やいだ存在としてのアルコールに、僕たちは金輪際、接触してはならないのです。
そう考えてしまうと、僕たちは哀れな奴らです。

でも、必ずしも哀れな側面ばかりに囲まれている訳でもありません。

生活習慣が変わりました(変わらざるを得ませんでした)。
体質が変わりました(変わらざるを得ませんでした)。
大なり小なり、社会的立ち位置が変わりました(変わらざるを得ませんでした)。

いずれにしましても、第二の人生を送ることになったのです。

僕はせっかくですから、この2回目の人生をじっくりと生きようと思います。
楽しむ、と言い切ってしまうと、やや不謹慎に響くかも知りませんが、あえて、生きながら与えてもらえた生まれ変わりを楽しもうと思います。

そして個人的に非常にラッキーだったのが、僕にこの生まれ変わりの機会がやって来たのが、まだまだ(といっても、卒業も視野に入ってきていますが)人生の現役のさなかであるということです。

僕たちアル症者には、常に悪友のごとく再飲酒欲求がついて回ります。
再飲酒欲求は、肝硬変による深刻な症状の再発につながります。
そして、次は、生命の危険に結びつくことでしょう。

アル症と肝硬変のダブルパンチとともに生きている僕は、実は死と隣り合わせで生きているようです。

かつては、もういつ死んでもいいか、と思っていました。
でも今は、逆に死を意識することで、欲が出てきました。

給料をごっそり天引きされてきた分、年金はしっかりもらおう。
せめてこどもたちの社会人としての旅立ちの時くらいは立ち会おう。
引退後にこそ、これまで頑張って勉強してきたことが役に立つかどうか、試してやろう。
隠居したはずのオッサン、昔っぽいけど、かっこいいピアノ弾くやんか、と若者に注目させよう。

綱渡りの向こう側にある景色には、いろいろな色がありそうです。

今日も皆さん、そして僕も、ごきげんさんで LWOA Life Without Alcohol 断酒ライフを継続させましょう。