僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る元大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

なぜ飲み続けたきたのか

台風10号の影響でしょうか、関西地方でも昨日は久しぶりにまとまった雨が降りました。
アル症と肝硬変、悪友二人と三人4脚、リスボン、57歳です。

本日も、リスボンのわがまま・ノープラン・有害無益・ブログ、ご訪問、ありがとうございます。

僕たちはなぜ酒を飲み続けたのでしょう。
それも、僕の場合、内臓に関しては肝硬変という不可逆的な状態、精神に関してはアルコール依存症という、決して完治することはない状態に追い込むほどに。

前々から、いずれはこうなるだろうなぁ、とぼやっと予想はしてました。
かなり若い頃から。
でも、その予想は、あくまでぼやっとしたもので、ほとんど具体性は伴わない、抽象的な、そして他人事のような感慨でした。

もちろん、何回か医療関係者(特にお医者さん)から、飲酒を控えること、場合によっては酒を卒業するべしとのアドバイスも受けました。
そして、ことごとく、無視してきました。

なぜ、無視してきたのだろう。

飲酒を継続してしまう理由として幾つか考えられるようです。

一つ目。
あくまで嗜好品としての魅力を楽しんでいたこと。

二つ目。
一つ目の理由とかなりカブるかもしれませんが、1日の終わりを特別な時間として過ごすため。

三つ目。
どうにも辛いことがあり、一時的とはいえ、苦しみを紛らわせるため。

四つ目。
すでに精神的な依存が形成されており、悪い意味での慣習化が完成していたため。

他にもあるかもしれませんが、こんな感じではないでしょうか。


僕の場合、いつからいつまでがどうや、ということは明確にはできないのですが、一つ目、二つ目、そして四つ目が、飲酒継続の主な理由だったと思っていました。

酒が純粋に好きで、飲んでいました。
ただし、純粋に好きということにも、二つの意味がありそうです。
ほんまに飲料として味が好きであったということ、そして飲んだ後、あるいは飲酒中の酩酊状態を好んでいたということ。
この二つ目は、飲酒継続の二つ目の理由とつながりますよね。
そして、ある年齢以降、夕刻以降になると酒を飲まないということが考えられなくなりました。
つまり、依存が形成されていたのです。

ということは、僕の場合、ストレス回避、あるいは現実逃避の手段としての飲酒継続には、陥っていなかったということになります。

ず~っと、そう思っていました。
何か精神的なストレスを解消するために酒を飲んでいたのではないと、信じていました。
それゆえ、自らの飲酒継続行動を強く否定する気にはならなかったのです。


でも、この頃、
少なくとも、肝硬変で消化器科の、そしてアルコール依存症で精神科のお世話になるようになってから、
ほんまに僕には、飲酒によって回避しようとしていたストレスがなかったのか、と疑問に思うようになってきました。

一般的に、人生にストレスはつきものと言われます。
あるいは、ストレスがあるが故に、人は頑張れるのだとも言われます。

従って僕にも当然のことながら、ストレスはあったはずですし、あるはずです。
そして、飲酒という薬物依存によって回避したいと思うほどのストレスもあったかもしれません。

今この時点で、そのストレスはこれや、と決め付けることはできません。

でも少なくとも、僕自身の内部世界だけで完結するような、単純な事態ではないだろうな、とは予測しています。

僕自身のせいであると同時に、僕と誰か、あるいは僕と何かの関わりの中にも理由がある筈です。

自分が悪かったんや、と決めつけてしまうのも、あまりにも演歌的です。
かといって、誰か、あるいは社会が悪いんや、というのも、中途ハンパに正調パンクです。

いろんなめんどくささが絡み合っているとは思います。

その絡み合いをほぐすこと、今しばらくは自力で時間をかけて取り組んでみたいと思っています。

なんか、重たい内容になってしまいました。
今日もアイスモナカを買うかもしれません、今日も皆さん、そして僕もご機嫌さんで
LWOA Life Without Alcohol 断酒ライフ、継続しましょう。