飲酒歴40年、断酒歴2年と少し、研究者歴30数年、リスボン、59歳。
本日もリスボンの、今日は難問です・ノープラン・ブログ、ご訪問ありがとうございます。
その結果、多くに悲惨な事故や事件が起きています。
最近では、高校の敷地内で、
その高校を退学になった元生徒が銃を乱射し、
十数人がなくなったという事件がありました。
その高校を退学になった元生徒が銃を乱射し、
十数人がなくなったという事件がありました。
ただし今回の事件に関しては、おじさんでも少しは考えさせられたようで、
現地の高校生たちとの集会において、銃所持者の監督を充実させる方策を打ち出すと明言しました。
現地の高校生たちとの集会において、銃所持者の監督を充実させる方策を打ち出すと明言しました。
そして二度とこのような悲劇を繰り返さないために、
高校の敷地内で先生方をはじめとする職員たちに銃の所持を認めることを考えているといいました。
高校の敷地内で先生方をはじめとする職員たちに銃の所持を認めることを考えているといいました。
こちらにも銃をもったスタッフがいるということを最初から明らかにすることによって、
不審者による敷地内への銃の持ち込みを最初からけん制しようという内容であり、
場合によっては、スタッフによる正当防衛を認めようという方針でしょう。
不審者による敷地内への銃の持ち込みを最初からけん制しようという内容であり、
場合によっては、スタッフによる正当防衛を認めようという方針でしょう。
僕はこのニュースを運転中のラジオで聞きましたが、
正直、のけぞりました。
銃による悲劇を防ぐために銃を用いるとは!
正直、のけぞりました。
銃による悲劇を防ぐために銃を用いるとは!
これはしかし事態の悲惨な進行によっては、
悲劇のさらなる深刻化につながる可能性もあります。
悲劇のさらなる深刻化につながる可能性もあります。
したがって正直、おじさんの頭の中身をさらに疑うことになります。
しかしこの状況、
考えてみれば、鶏と卵の部分がありますよね。
考えてみれば、鶏と卵の部分がありますよね。
不審者が銃をもっている可能性が高いから自衛のための銃の所持は当然の権利であるとする主張は、
一見正しそうに映りますが、
一見正しそうに映りますが、
しかしそもそも不審者が銃を所持していることが普通に想定されてしまう社会そのものが異常なのではないか、
という議論も成立しそうです。
という議論も成立しそうです。
現に日本では銃の所持は基本的には認められていませんので、
ほとんどの不審者?が銃を所持していません。
したがって一般の市民にとって自衛のための銃の所持を言う事態そのものが、
そもそもあり得ない選択肢です。
ほとんどの不審者?が銃を所持していません。
したがって一般の市民にとって自衛のための銃の所持を言う事態そのものが、
そもそもあり得ない選択肢です。
じゃぁ、アメリカはどこかで歴史の歩みを間違えてしまったのでしょうか。
そうかもしれません。
でも、どこかで思い切って、
社会全体で銃の所持を止めましょう、ということはできなかったのでしょうか。
社会全体で銃の所持を止めましょう、ということはできなかったのでしょうか。
そして何よりも怖いのが、
いつか世界中の良心の指導によって、愚かな大国の愚かな体質が改まることを願うばかりです。
今日は重苦しい話になってしまいました。
でも僕たちは生き延びましょう。
でも僕たちは生き延びましょう。