僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る元大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

オープンな積極性 韓民族の美点?

秋が深まりつつあります、酒は無縁、ご飯は美味しい、アル症・肝硬変、リスボン、58歳。

本日もリスボンの、思い込み・ノープラン・ブログ、ご訪問ありがとうございます。


今日も調子こきまして、独善・無反省・非科学的・民族論、語ります。


ここのところ3回ほど、韓民族朝鮮民族の文化的・民族的特色の中でも、
どちらかといえば短所と思われがちな部分について、極論を語ってきました。

あまり自虐的な論調に終始するのも、バランスを欠くような気がしますので、
今日は私たち、朝鮮半島にルーツをもつ者たちの、積極的な面について考えてみます。

ただし、結局は、鬱陶しいだけじゃん、とマイナスの話に終わるかもしれません。


日本人の美意識の中に、「秘すれば花」といった感性がありますよね。
美点と思われる点は、何も積極的にアピールしなくとも、おのずと自らの輝きを放つのであり、
それを見出すことも日本人の美学にかなうのである、といったところでしょうか。

また美意識だけではなく、良いことでも不言実行を尊ぶ傾向がありますよね。
誰にも知られず、あるいはアピールせず、しかし人知れず善を実行し続ける徳。

もっとも最近では、サッカープレイヤーを中心に、あえて有言実行で成果を上げていく豪の傾向もみられるようにはなっていますが。

一方、韓民族朝鮮民族は、自らの優れた点、美点については、あえて隠すことはしません。
積極的に自慢し、その社会的徳をアピールします。

努力の成果については、努力についても語り、そしてその因果関係についても語ります。
聞くほうも、決していやな自慢話とは思わず、頑張ったこととその成果の自然な相関関係の話として、うなずきます。

僕自身の個人的経験にすぎないのかもしれませんが、
時にこの感性の相違が、日本人と、韓民族朝鮮民族との微妙な誤解の出発点になっているような気がします。

僕とパートナーは、現在、社会的・経済的に相互依存の状態にありますので、とりあえず結構関係を維持していますが、
互いのことをどのように感じているのかという人間的な感情の観点からは、
いつでも離婚してもよいような状態です。

ズバリ言えば、おそらくは互いに相手を軽蔑しています。

パートナーの立場からすれば僕は、
社会的な前科を背負い、それがゆえに出世に失敗し、挙句の果てに内臓と精神を患ってしまった、ダメ男です。

僕から見たパートナーは、
僕の仕事の社会的意味を全く理解せず、僕が現在の僕の行動に込めている意義についても全く理解しようとしない、
ただのバカな無知であり、しかも自分の馬鹿さ加減を全く自覚していない、世間知らずのおばはんです。

もちろんこんなことをお互いに面と向かって言い合うことはありませんし、これからもありません。

僕にとってパートナーの感覚で許しがたいのは、
僕が研究者として仕事をしていることの社会的意義について、全く理解しようとしないことです。

僕は研究者ですと自ら表明します。

しかしパートナーはその表明を、鼻につく嫌味な自慢としかとらえられないようなのです。

僕は2年前に、国からの研究補助金を獲得しました。
これは研究者としてはとてもうれしい話です。

しかしパートナーはこのことの意味についても意義についても、全く関心をもちませんでした。

僕はこの研究補助金のおかげで、2回のヨーロッパ調査出張に出かけることができました。

しかしパートナーは、人の金を使って物見遊山に出かけているという風にしか理解できなようです。

おそらくパートナーの感覚は、パートナーのご家族も共有されているようです。
すなわち、努力が認められたことについて、嬉しそうに外面に表すことは、はしたない、という感覚です。

僕は、これまでの積み重ねが認められて補助金が獲得できたことが素直にうれしかった。
しかしパートナーも彼女の家族も、全く関心をお示しになることはなかった。

というよりも、嬉しそうに語る僕に対して、困ったもんだという視線を投げかけてこられました。

この話を、朝鮮半島的感性と日本列島的感性のぶつかり合いとしてまとめてしまうのは、むちゃむちゃ乱暴でしょう。

しかし、素直に自慢することに抵抗のない感性と、自慢そのものを下品な行動であると捉える感性、
これらはぶつかり合います。

そして、全てがそう、全員がそう、とは言いませんが、
オープンで積極的な韓民族朝鮮民族と、控えめを尊ぶ日本字的感性のぶつかり合いの一例にはなると思います。

僕は僕の研究成果が、業界から認められた時には素直に喜びをパートナーに伝えてきました。
しかしそのたびにパートナーは、無関心でした。

もちろん、僕の前科ゆえにとっくに愛情はなくなっていた、したがって関心の持ちようがなかったのかもしれません。

しかし、パートナーと仕事の喜びを共有できない、
決して楽しい経験ではありませんでした。

僕の過剰飲酒の理由の一端がここにあったかもしれません。わかりませんが。

すみません、話が冷めきった夫婦関係の愚痴になってしまいました。

韓民族朝鮮民族の明るい美点については、また語ろうと思います。

いつものように
皆さんも僕も、今日も明日も、厚かましくも謙虚にかつご機嫌さんで
LWOA Life Without Alcohol 断酒ライフ、継続していきましょう。