飲酒歴40年、断酒歴7年と8カ月、不良初期高齢者、リスボン、レベル64。
本日もリスボンの、バカどもに教えてあげよう・ノープランブログ、ご訪問ありがとうございます。
本ブログでも頻繁に取り上げていますが、
僕は、守旧派と言いましょうか、あるいは保守勢力と言いましょうか、
いわゆる右寄りの人たちがかなり嫌いです。
特に、伝統という言葉の意味も知らずに、
自らが享受している権益を死守するために、
ジミントーのようなオッサン勢力を無条件に支持するような、
自らの思考力を放棄してしまっているバカどもを毛嫌いしています。
この国には残念ながら、表面的には善人に見える人の中にも、
自らの感性で感じ、自らの思考力で考えることを辞めてしまっている人が少なくないようです。
そしてそのような人たちにとっては、
多様性という言葉のもっている輝くような可能性も、
実現のためにこの社会が解決すべき問題の深さも、無縁なんでしょうね。
いきなり抽象的な話ですみません。
素晴らしい書物に出会いまして、その本の素晴らしさを伝えたいために、
少し舞い上がっています。
まだ僕も読み始めたばかりです。
新聞の新刊書籍紹介の記事で知り、最近、入手しました。
少しばかりショッキング?なタイトルが示すように、
同性愛を含む性の多様性について、
生物学的な考察を軸に置きながら、社会学的な考察も加えた、
意欲的な一冊といっていいでしょう。
僕自身は、性自認も恋愛対象も、そして性行為の嗜好性も、多数派に属しています。
ですが幸いなことにとあえて言いましょう、僕にとって大事な人たちの中に、
いわゆる性的多様性の当事者に相当する人が何人かいます。
そして僕が、
障害学という少数者の社会的な権利について考える分野に従事していることもあり、
例えば学生諸氏から相談を受けることもあります。
性的少数者は、実はムチャムチャ少数者ではありません。
性的指向性にもある種のスペクトラム性、連続性が認められることも併せて考えると、
性的少数者という括りそのものが、ある種の社会的な暴力である可能性もあります。
そのように考えてみると、
男女の結びつきだけが社会を構成する唯一のユニットであるかのように決めつける、
いわゆる伝統的な価値観、家族観というやつが、
実は一部の既得権益保守層の暴力的な仕掛けであることが見えてきます。
この書物は、主には生物学のこれまでの学術的な取り組みを紹介しながら、
ホモセクシュアルも含めて、様ざまな性の形が自然の中に豊富に存在していること、
そして性的な営みの目的が、必ずしも種の保存だけではないことを、紹介してくれます。
純粋な学術書ではありませんが、
しかし分かりやすさを第一にした解説書でもありません。
ジミントー的な価値観を疑いもしないバカどもには難解な書物かもしれませんが、
しかし、多くの人びとに読んでほしい一冊です。