飲酒歴40年、断酒歴8年と5カ月、不良初期高齢者、リスボン、レベル65。
本日もリスボンの、飲酒の効能?ノープラン・ブログ、ご訪問ありがとうございます。
今日は7月2日、2024年も半分を経過してしまいました。
光陰矢の如し、少年老い易く学成り難し、命短し恋せよ乙女。
いずれもぼーっと生きているとあっという間に時間は経ってしまうよという警句ですが、
あとの二つは、ジェンダー対称性の観点からはちょっと問題がありそうですね。
今日も、昨晩のライブイベント帰宅アッシー君デート中の会話から取材します。
昨日は、僕よりも30歳ほど若い女性ピアニストと一緒に帰宅の途に着き、
やたらめったら話が盛り上がった話を報告しました。
その中で飲酒のことも話題になりました。
今回の帰宅デートが3回目でもあり、
また今後とも長い付き合いになるであろうことを予感した僕は、
僕が過剰な飲酒から体を壊し、その結果として現在は断酒ライフに入門していることを伝えました。
そしてその中で、僕は1回の人生の中で、
過剰な飲酒者としての生活と、
断酒者としての生活の両方を楽しんできたこと、
なので、飲酒者であったことについても後悔はしていないし、
現在の断酒ライフも心の底からエンジョイしていることを伝えました。
この話にも彼女はえらく感心してくれたようで、
共感してもらえたと思います。
ところで僕が飲酒者であったころのことを後悔はしていないというのは、
ホンマです。
僕の過剰な飲酒生活は、僕を心身ともに死の寸前の少し前まで追い込むことになりましたが、
でも飲まなければよかったとは思っていません。
飲み倒したからこそ、今の断酒ライフがあるとも思っています。
ただし、今となっては奇妙なことなのですが、
では酒を浴びるほど飲んでいたことによって僕は何を得ていたのかと考え始めると、
あまりパッとした答えが出てこないのです。
飲酒者の頃は、もちろん、使用障害ゆえの病理から飲酒行動に堕ちていたのも事実ですが、
しかし飲酒を楽しんでいたことも事実だったはずなのです。
でも酒を飲むことが僕の人生にどのようにプラスだったのかについては、
今、明確に語ることができません。
まさにそれが薬物使用障害の障害たるゆえんだと分かったようなことで納得したくもありません。
パキっとした答えが出てこないのですが、
少し時間をおいて、また考えてみたいと思います。