僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る元大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

僕にとっての首里城

飲酒歴40年、断酒歴3年と9か月、不良初期高齢者、リスボン、60歳。

本日もリスボンの、今年はどうしちまったんだ・ノープランブログ、ご訪問ありがとうございます。

 

今朝は5時に起床し、先ずはピアノの練習を1時間ほどしてから、

いつものネットチェックをしました。

驚きました、ホンマに。

ネットのトップニュースは、

沖縄の歴史遺産、首里城が火事で焼け落ちつつあるというレポートでした。

今年はどうなっているんでしょう、

4月にはパリのノートルダム寺院の一部が焼失しました。

 

多くの報道が伝えるように、

沖縄の皆さん、そして沖縄にルーツをもっている皆さんにとっては、

とんでもなくショッキングで、そして悲しい出来事のようです。

一日も早い再建ができるよう、祈るばかりです。

 

僕は5年前に首里城を訪れています。

その年の障害学会が沖縄国際大学で開かれることになり、

学会は土曜日と日曜日に開催されましたが、

その頃の僕の大学での授業スケジュールは月曜日から水曜日に固まっていましたので、

木曜日から那覇を訪れ、調査という名の観光が実行できました。

那覇に着いて僕が最初に向かったのが首里城でした。

 

はじめて目にした琉球文化、とても興味深く見学しましたが、

その時の僕を捉えたのが、

琉球の宮廷建築と僕のルーツでもある朝鮮半島の宮廷建築との間に見られた、

共通点と相違点です。

少し乱暴なまとめ方になりますが、

琉球の宮廷と朝鮮半島の宮廷建築は、

空間感覚は極めて近いものをもっていましたが、

色彩感覚は明らかに異なっていたのです。

 

琉球朝鮮半島、そして中国との地理関係を考えた時に、

この共通点と相違点は興味深いとともに、不思議な感じもしました。

日本も含めて東アジア各国の文化や歴史に中国の影響があることは間違いありません。

そして中国本土と、琉球朝鮮半島、そして日本列島の位置関係を考えると、

僕たち、東アジアの人間にとって、その文化的なアイデンティティーの形成には、

とても複雑な歴史的装関係があっただろうと思います。

 

それ以来、僕は、僕たちのアイデンティティーを考える時に、

朝鮮半島というくくりとともに、

中国を総本家とする東アジアという括りも重要だなと感じるようになりました。

そして、僕たち、東アジア人の本質を知るためには、

中国の文化について知り、考える必要があるだろうと思うようになり、

それ以来、中国を積極的に訪問するようになったのです。

僕たち、朝鮮半島にルーツをもつアルコール使用障害者にとって、

中国をルーツとする儒教的な価値観が僕たちの苦しみの遠因の一つであることは間違いありません。

その意味で首里城は、僕たちのアイデンティティーを探るための原点の一つです。

 

僕の後半の人生のテーマの一つを見出すことになったきっかけの場所、首里城

繰り返しますが、一日も早い再建を祈ります。

その日まで僕も生き続けます。

ですので、

 

皆さんも僕も、今日も明日も、厚かましくも謙虚にかつご機嫌さんで

LWoA Life Without Alcohol 断酒ライフ、継続していきましょう。