僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る元大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

Chat GPT だと?

飲酒歴40年、断酒歴7年と3カ月、不良初期高齢者、リスボン、レベル64。

本日もリスボンの、最前線?をディスる?ノープランブログ、ご訪問ありがとうございます。

 

僕は時々、ここでも愚痴っておりますが、

中途半端にカッコつけた日本語の乱れに対して、

常々、怒っております。

世間の行き過ぎに小言を言い、時に激しく批判、そして非難する。

僕たち、高齢者の特権であり、そして(鬱陶しいでしょうが)義務だとも思っています。

 

特に中途半端な理解に基づく、横文字由来のカタカナ語や、頭文字連結(Acronym)の濫用に対しては、

嬉しがって使っている連中を心の底からバカにしながら、非難しています。

 

最近、メディアを賑わせているアクロニムの一つに、Chat GPT があります。

AI の一つで、キーワードをいくつか放り込めば、勝手に作文してくれるプログラムのことらしいです。

政治家の中には、このプログラムの活用を推進する向きもあるらしいですが、

ま、世も末と言いますか、いよいよ人類が自ら滅亡の道を歩み始めたといいますか、

情けない話だと思います。

 

 

ところで、Chat GPT の GPT ですが、確認してみたところ、

Generative Pre-trained Transformer の略だそうで、

事前学習済生成型変換プログラムくらいの意味でしょうね。

 

恐らく、様ざまなテキストを参照しながら、

入力条件に応じたテキストを自動生成するプログラムということでしょう。

このプログラムの本質を支えているのは、このプログラムがどのようにして、

事前学習のためのテキストを取材し、そして取捨選択しているのかという部分にあると思います。

 

事前学習のためのテキストの候補は、ネット上に取材していると思いますが、

しかしネット上には、それこそ無数のテキストデータが流通しています。

その無限の素材からどのように参照候補を選ぶのか、

そしてそこから選んだ原材料テキストをどのように加工材料として仕上げていくのか、

プログラマー、アプリケーション・デザイナーの本領が発揮される部分になると思います。

 

僕がずーっと恐れているのは、

このような便利なプログラムを活用する際に起きてしまう、

プログラム設計者の個人的な感覚がプログラム全体に反映されてしまい、

利用者は知らず知らずの間に、その支配下に置かれてしまう事態です。

 

プログラマーには世界を支配下に置こうなどという野望はありません。

しかし実際に、20世紀末のデジタル時代の到来とともに、

僕たちの世界は、マイクロソフト化され、そしてアップル化されてきました。

恐ろしくも不可逆的な事態が進行していると思います。

 

Chat GPT の GPT というアクロニムには、そんな恐ろしい物語が隠れています。

そして僕がもう一つ、おそれているのは、

GPT というアクロニムをうれしがって多用している連中の殆どが、

この恐ろしい事態について、ちらとも意識していないと思われる点です。

 

どうも皆さん、便利に見えるものについては、

その便利らしさに飛びつくスピード感を、デキル感と勘違いしているらしいですね。

本当にできるやつは、常に裏を考えますし、

必要とあれば立ち止まって考えを深めてみるはずです。

 

どうもデジタル文化というやつ、

すぐに軽薄に飛びつく連中をヒーローとみなすような、

薄っぺらい評価軸を社会に植え付けてしまったようです。

 

俺は乗せられへんで、そう簡単には。