僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る元大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

寒さと酒

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ついに雪が近所まで迫りました。寒いわけですよ。
でも、元気にアル症、肝硬変、南欧へのあこがれとともに元気な58歳、リスボンです。

本日もリスボンの、わがまま・ノープラン・ブログ、ご訪問ありがとうございます。


元気といいながらも、昨晩の寒さは少し答えました。
でも、布団に入れば、のんびりと小説を読んで、眠気君の訪れとともに寝てしまいました。


僕の飲酒ライフ、正直言います、高校生の時から始まっています。

でも、完全に習慣化したのは、大学生になってからです。

僕は、南国伊豆の端っこから、伝統の都、京都に移り住み、一人暮らしを始めました。
それも、京都の中でも、チベットと称されることが少なくなかった、岩倉の地で、です。

当時の岩倉は今と違い、ホンマに洛北のさらに北側、京都の街中とは明らかに異なる地理的特性をもっていました。
僕の下宿の近くも、少し歩けば、すぐに田園地帯、静かな場所でした。

春、夏、秋は心地よい環境を提供してくれる地でしたが、問題は、冬です。

生まれてこの方、積もった雪なぞほとんど見たことのない南国出身の田舎青年にとって、
洛北最果ての岩倉の冬は、過酷でした。

マジで、寒かったのです。

今の学生諸君の住空間とは異なり、
木造築30年というようなアパートの4畳半の部屋に十分な暖房設備なぞ、望むべくもありません。

寒い夜は、それこそ酒をかっくらって、布団に潜り込むのが、最も健康的(?)で経済的な寒さ対策だったのです。

というわけで、アル症に至る過度の飲酒のきっかけの一つとして、小ずるくも寒さを挙げましょう。

もちろん、もともと好きであったし、また肝臓君の性能も強かったのですが、
さらに、体の内側に暖房を灯すという、必殺技、楽しいうえに効果抜群だったんですね。

枕元にステレオラジカセを置き、
FMや友達にダビングしてもらった音楽カセットを聴きながら、
知らん間に眠ってしまうというのが、
元気な冬の朝を迎えるための、
元気な貧乏学生の最上の暮らしの工夫だったわけです。

静かな中で音楽に集中し、静かに眠気が訪れるのを待つ。

考えてみれば、結構、贅沢な時間だったようにも思います。

特にドラマチックなことがあったわけではありませんが、
そんな静かな学生時代の暮らしぶりが、
良くも悪くも今の僕という人間が出来上がるための基礎工事だったんですね。

アル症になり、断酒ライフを送っている今、後悔はしていません。
あれも僕の人生、そして今、この時点も僕の人生、誰のものでもありません。

無理に強がる必要もありません。でも

皆さんも僕も、今日も明日も厚かましくも謙虚にかつご機嫌さんで
LWOA Life Without Alcohol 断酒ライフ、継続していきましょう。