僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る元大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

3冊目のパスポート

アル症と肝硬変、ダブルパンチと共生中、リスボン、58歳。

本日もリスボンの、自由気まま・ノープラン・ブログ、ご訪問ありがとうございます。

本日、上海行の旅行代金(ホテル代)を納入し、3冊目となるパスポート、受領してまいりました。

3冊見比べてみますと、いたずらに年齢を重ねたことがよくわかります。
使用前、使用中、使用後(お払い箱)といった有様です。

ただ僕のパスポート、1冊目だけは、ちょっと違うんですよ。

まず色は、深い緑色です。

それから紙面には一切の日本語は書いてありません。
ハングルと英語で埋められています。

僕が日本に帰化する前、つまり国籍が韓国であった頃に取得した、大韓民国外務省発行のパスポートです。

ハングルで記載された部分は、所有者の僕も読めません。

そしてこのパスポートにはもう一つ変わった点がありまして、一回も使用されていないという点です。

実はこのパスポート、今からちょうど20年前に、僕の勤めている大学の海外研修の引率のために取得したものです。

大学が主催する学生対象の海外研修旅行、引率で同行できる教員の数は、参加する学生の数によって決まってきます。
この年、当初、応募していた学生の中から、直前になって何人か出発を辞退する諸君が現れ、僕の引率同行は見送られたという事情があったのです。

1997年にアメリカで海外デビューを果たす予定だったのですが、
僕の海外デビューは約10年後の、フィンランドで果たされることになりました。

僕の海外デビューは、かなり遅かったのです。

海外デビューする以前の僕は、
生意気にも、

海外経験のない日本人のベスト・イングリッシュ・スピーカー、ベスト5に入る、

と根拠もなく豪語していました。

もちろん確かめようもなかったんですけどね。

少しばかり自慢させてもらいますと、
僕の英語力、
大学院の学生であった頃、日本に留学してきた学生たちとかなり親密に交際していた経験が生きています。
(どのくらい親密であったかというと、テレビドラマになるくらい親密であったと答えておきましょう。)

今回も10年用のパスポートを取得しました。

絶対にあと10年は元気に世界中を人の金で飛び回ってやるぞ!

と、厚かましい決意を新たにしました。

さぁ、皆さんも僕も、今日も明日も、厚かましくも謙虚にかつご機嫌さんで
LWOA Life Without Alcohol 断酒ライフ、継続していきましょう。