僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る元大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

朝酒の背徳

飲酒歴40年、断酒歴2年と11か月、不良初期高齢者、リスボン、60歳。

本日もリスボンの、危機のはじまりを振り返る・ノープランブログ、ご訪問ありがとうございます。



今日は多分、久しぶりに少し重め?の断酒にまつわる話です。


僕の断酒ライフ入門のきっかけになったのは、
約3年前の入院でした。


3年前の秋くらいから体調の不良は自覚していましたし、

またその少し前くらいから、
朝酒や昼酒を頻繁に飲むようになってました。

そして3年前の年明け(2016年)以降、
他人の目から見ても僕の体調不良は明らかになっていきました。


そして1月19日、強制的に入院の指示を頂き、
当然のことながらその日から僕の断酒ライフはスタートしました。



朝酒ですが、
まだアルコール依存症が顕現する以前にも時々、試してみることがありました。


例えば、
ある程度、スケジュールを自分の責任で管理できるような出張の朝の新幹線の車内や、

どう考えても1日中、家の中でのんびりする予定であり、
しかも僕以外の家族が出かけているような休日、

そんな時に冷え冷えの缶ビールを、
ゆっくり飲んでみる、

特に家で飲むときはグラスもあらかじめ冷やしておいて、
良質の泡を立てながら注いだビールを飲む、

そんな風に楽しんでいたことが何回かありました。



しかしよく考えてみると、
そんな時のビールは、
思ったほどには美味しくなかったような記憶があります。

やはり仕事でなくとも何かを成し遂げた後のビールと比べると、
殆ど無為を決め込んだ状態でのビールは、
充実感がほとんどありませんでした。


ところが、
入院の半年前くらいからの朝酒や昼酒は、

人の目を盗むように焼酎をグビっとあおぐという、
即物的な飲み方だったのですが、

五臓六腑が美味いなぁ感じていました。


朝にしても昼にしても、
グビっと焼酎をあおって、
さぁ、仕事、がんばんべぇ、という気持ちになっていました。


その頃の僕は、誰がどう見てもアルコール依存症が顕現していました。


どういうことでしょうか。


恐らく朝酒や昼酒は、
やはり背徳の色が濃く、
まともな感覚では真正面を向いて楽しめるようなものではなかったのでしょう。

そして明かなアルコール依存症患者にとっては、
背徳の色よりも、
本人の脳みそに形成された渇望的飲酒本能の命令が勝り、

その本能の病的かつ獣的な満足を美味しいと勘違いしたに過ぎないのです。


つまり朝酒や昼酒を美味いと感じるようになった場合、
かなりやばい状況が形成されていると言えるかもしれません。


機会飲酒を楽しむことのできている知人から、
どのくらい飲むとアル症になってしまうのかという質問を受けることがあります。

もちろん、お医者さんでも明確に答えることはできないと思いますが、

でも
朝酒に抵抗がなくなったら危険水域に突入しているというアドバイスはしてもいいかもしれませんね。

僕たちの後輩たちを輩出しないためにも
僕たちが元気でいる必要があります。
アドバイスしなアカン時にちゃんとアドバイスできるようにね。


ということでいつものように2019年も

皆さんも僕も、今日も明日も、厚かましくも謙虚にかつご機嫌さんで
LWoA Life Without Alcohol 断酒ライフ、継続していきましょう。