僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る元大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

最悪の日々

飲酒歴40年、断酒歴3年と11か月、不良初期高齢者、リスボン、61歳。

本日もリスボンの、たまには振り返ります・ノープランブログ、ご訪問ありがとうございます。

 

最近の当ブログは、

断酒ライフが安定しています、だから毎日楽しいです、

というお気楽ブログに堕落?してしまったきらいがあります。

もちろん、断酒ライフのすばらしさを実感し、

そしてそれを伝える事は大事なことだと思います。

ですが、時には僕たちの原点ともいうべき、

最悪の飲酒ライフを送っていたころのことも思い出す必要なありそうです。

 

僕の場合、特に飲酒によるミスを犯したわけではないのですが、

大学にとって生命線ともいうべきビジネスである入試の執行中の飲酒という、

およそ考えられない愚行を犯しました。

 

それは今から4年前の、僕の勤める大学の地方入試でのことです。

出張先は福岡、九州、沖縄のみならず、広島や山口の受験生が集まる、

重要な入試会場でした。

 

入試当日の朝、僕はホテルの部屋でまず、焼酎をグビっと飲みました。

そしてペットボトルに、少し濃いめに調整した焼酎の水割りを入れました。

そうです、入試監督執行中に、ちびちびと飲むためです。

 

ホンマに最低最悪の行動ですが、

その時は、朝一で飲んでしまうと、日中も少しづつではありますが、

アルコールの補充が必要になっていました。

 

ホンマに、間違いなく、アルコール使用障害者の典型的な、

反社会的にして常識では理解不可能な行動でした。

しかしその時の、人間ではなくなっていた僕は、

その行動の反社会性、非人間性を全く認識しませんでした。

 

僕の場合、これらの問題行動が顕現するようになって殆ど時期をおかずに、

肝硬変が悪化し強制的に入院の処置がとられましたので、

こういった僕のとんでもない行動がこれ以上、続くことはありませんでした。

ある意味で幸運だったとも言えます。

 

酒の危険性は中途半端です。

殆どの人は、僕たちのような非人間的な状態に至ることはありません。

しかしたとえ少数とはいえ、この液体ゆえに危険を経験する人がいます。

僕たちはその生き証人です。

僕が使用障害と呼び、一般には依存症と呼ばれる精神疾病の恐ろしさ、

やはり僕たち当事者がその実態を語り続けるべきでしょう。

 

今日も決意を新たにします。

皆さんも僕も、今日も明日も、厚かましくも謙虚にかつご機嫌さんで

LWoA Life Without Alcohol 断酒ライフ、継続していきましょう。