僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る元大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

多分僕は、二十歳前にすでに使用障害だった

飲酒歴40年、断酒歴4年と6か月、不良初期高齢者、リスボン、レベル61。

本日もリスボンの、ヤバさの振り返り・ノープランブログ、ご訪問ありがとうございます。

 

タイトル通りのことをこの頃、

ふと考えることがあります。

二十歳、つまり大学2年生から3年生にかけてのことですが、

その頃の僕の飲酒習慣は、

すでに単なる習慣飲酒を超えていたような気がします。

 

まだ若くて体力がありましたが、

でも金がありませんでしたから、

飲酒開始時間は、少なくとも日没後であったことは間違いありません。

それから学生でしたので、

その日のうちに終わらせておくべき勉強は、

しっかりとやっていました。

ですので、表面的には問題飲酒でも何でもありませんでした。

 

しかしそのころすでに、

飲酒と何かを天秤にかけざるを得ないような場面に遭遇していた時に僕は、

まず迷うことなく、飲酒できる側の選択肢を選んでいたと思います。

酒をごちそうになれる機会には、敏感に反応していました。

 

そして僕の場合、ある意味で不幸だったかもしれないのが、

陰にこもる酒でもなく、

けんかっ早くなる酒でもなかった、

そして体調を崩す酒でもなかった。

飲酒のマイナス効果が表面的には殆ど見えなかった酒でした。

強かったと思います。

その結果、ナンボでも飲めるし、毎日飲んでも、何の不都合も起きない、

過度の習慣飲酒者の道を真っすぐに進んでいたようです。

 

というか、僕には、機会飲酒者の時期はなかったかもしれません。

 

今の若者たちは、それほど酒を飲まないそうです。

僕みたいな、

表向き、問題を抱えているようには見えない、

でも究極の危険な飲酒習慣を身につける輩は、現れにくいのかもしれません。

ですので、僕の経験をあえて若者たちに説く必要はなさそうです。

しかし必要とあれば、

いたずらにレベル61に達してしまった男の闇歴史、

語る覚悟はしておきます。

 

皆さんも僕も、今日も明日も、厚かましくも謙虚にかつご機嫌さんで

LWoA Life Without Alcohol 断酒ライフ、継続していきましょう。