僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る元大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

久しぶりにマジに怒ってみました 結果 ムッチャ疲れた

飲酒歴40年、断酒歴7年と5カ月、不良初期高齢者、リスボン、レベル64。

本日もリスボンの、昭和の心意気?ノープラン・ブログ、ご訪問ありがとうございます。

 

今日は教師日記です。

 

僕は現在、講義科目を2種類、4科目担当しています。

「デザイン史概説」と「現代デザイン論」というのその種別名です。

 

「デザイン史概説」は、主に1年生を対象とした入門科目で、

僕の勤務先の大学のカリキュラム全体の中では、準必修科目のような位置づけを占めています。

ほぼ、全学生が履修いたします。

 

もう一方の「現代デザイン論」は、純粋に選択科目で、

履修の有無は学生の卒業要件には影響しません。

そしてこちらの科目は2年生以上対象科目という扱いをとっています。

 

今日の1時間目は、この選択科目の「現代デザイン論」でした。

そしてタイトルにも書きましたように、

今日の授業では、開始時に少しきつめに怒ってみました。

 

僕の怒りの直接的な原点は、先週の授業にあります。

先週の講義中のことですが、

1人の学生が堂々とスマホの閲覧に集中していました。

そして多くの学生が、パソコンを起動させた状態で講義を聞いて?いました。

 

パソコンを起動させた状態での授業参加については、

正直、こちら側の対応も難しい。

パソコンでノートを作成している学生も少なくありませんし、

こちらが講義の中で紹介した概念等について、

ネット情報で確認している学生もいるからです。

 

しかし、ゲームに興じている学生、

他の授業の課題作成に取り組んでいる学生がいることも事実です。

 

パソコンの利用に関しては何とも言えないのですが、

スマホのモニターに集中している学生に関していえば、

講義を無視してスマホの世界に没入していることは間違いありません。

 

昭和な感覚、プレ IT 世代の感覚でいえば、

こちらが一生懸命、語り掛けているのに、堂々とそれを無視している態度に外なりません。

僕が問題にしたのは、そのような礼儀知らずな態度に対してです。

 

先週の段階では怒りをとりあえずは棚上げしましたが、

昨日から学生たちに僕の感じたことを伝えるべきかどうか、考え続けました。

そしてたとえ、現代人の生活の中で、スマホや PC の使用がごく当たり前のことだとしても、

基本的なコミュニケーション上の礼儀の問題として、

彼らに伝えるべきことがあると判断しました。

 

僕はこの「現代デザイン論」という授業に関しては、

学生たちに授業への出席を単位認定の条件としてはいません。

授業に一度も出席せずとも、最終的なレポートをしっかりと提出できれば、

単位を認定すると宣言もしてあります。

 

その上で、今日の講義の最初に、かなりきつい口調で、

スマホの閲覧に集中したい、

あるいはパソコンでの他の作業(ゲームも含む)に集中したいのであれば、

出席は認めるから、教室から出ていってほしいと告げました。

そして僕は5分ほど教室を離れるので、

その間に退室する諸君は退室するように指示しました。

 

本当に5分間、教室を離れ、学内を少しうろついてから教室に戻ると、

教室を離れていった学生は一人もいませんでした。

僕は正直、期待はずれにも感じました。

今の学生たちは、自らの意思をもって行動することをあえてはしないようです。

 

誰も出ていかなかったことについてはまったくコメントせず、

今日の授業内容に入っていきました。

さすがに講義内容への反応は、よかったようにも思います。

 

授業を終えて、研究室に戻ったところ、

僕自身がかなり消耗していたことに気がつきました。

マジメに怒ると、真面目に疲れます。

 

今日の僕の怒りのパフォーマンスの真意が、どのくらい若者たちに伝わったのか、

正直、分かりません。

今の若者たちは、集団から浮き上がることを極端に避けるそうです。

浮き上がることを避けるために、個としての意志は殺してしまうようです。

 

そんな彼女・彼らに、昭和におっさんの時代錯誤的な心意気?がどのように映ったのか、

分かりません。

 

でも僕は、僕の感じたこと、僕が考えるコミュニケーション上の基本的な礼儀に関することを、

若者たちに真剣に伝えたつもりです。

たとえウザがられようとも、言わなければいけないことがあると思っています。

 

一度、死にかけた人間は、強いのかもしれませんね。