僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る元大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

退任記念講演

飲酒歴40年、断酒歴7年と8カ月、不良初期高齢者、リスボン、レベル64。

本日もリスボンの、僕がへそ曲がり?ノープラン・ブログ、ご訪問ありがとうございます。

 

大学によっても、さらには同じ大学内でも学部によって、違うとは思います。

専任の教員が定年を迎える年の最後に、

○○先生退任記念講演会なんちゅうのが開催される大学があります。

 

 

僕も今年、定年を迎えます。

そして僕の勤務先にも、退任記念講演という慣例があります。

慣例というか、例規が定められており、

どうやら、有無を言わせず、やることになっているようです。

 

7月くらいの所属機関の会議で、僕ともう一人の教員の退任記念講演の話が出ました。

僕はその場では、やりたくないという意志を表明しました。

これだけですとただのワガママですが、

退任記念講演会という行事の趣旨がよく分からないというのが、僕の正直な気もちです。

 

何を話すことが期待されているのか、

何のために話すことが求められているのか、

そして誰に向けて語るべき講演会なのか。

 

僕はその会議の席でも、これらの疑問について質しました。

会議の上席者に当たる複数の教員からは、

例規に定められているので、という回答しか返ってきませんでした。

 

規則で決まってんねん、せやし、うだうだ言わんとやってや、といったあたりが、

僕の、ワガママに聞こえつつも、恐らく素直な疑問の表明に対する、大方の感想でしょう。

 

しかしこちとら、常識や慣習に対する疑問を究明することこそ、

研究者の矜持だと思っていますので、生半可な妥協はできません。

 

その後、この話は、勤め先の研究支援担当の副学長預かりということになりました。

その副学長ですが、

僕よりもかなり若い先生です。

先生というよりも、もともと事務職員だった人物で、

勤務と大学院での研鑽を同時に進行させていく中で、

事務方から教員に移行した、異色の経歴の持ち主です。

 

彼が事務職員だったころは、よく一緒に仕事をしました。

ある意味で僕にとっては、勤め先の中では比較的、胸襟を開きやすい男です。

今日、その彼が、僕の仕事場を訪ね、僕の退任記念講演について打ち合わせに来ました。

 

僕は素直に、会の趣旨が明確に指示されていない現状では、

やりたくないことを伝えました。

学生たちには、まだまだ語りたいことが山盛りあります。

でも、僕の研究に関心をもってはいない同僚たちに、

場を取り繕うような、お茶を濁す話はしたくありません。

 

彼を困らすことにしかならない対応をしています。

でも、先も述べましたように、意味のない妥協はしたくありません。

断酒生活者の矜持でも語ればいいのかもしれませんが、

僕の研究に興味のない連中に、こんな大事な話を安っぽく提供したくはありません。

 

どのようなことになるのか、また報告します。

俺、ワガママばっかり言ってますか?