僕のワンノートサンバ

断酒ライフを送る元大学教師にしてジャズ・ピアニスト、ヴォーカリスト

若者にどのように語ればよいのか・・・

飲酒歴40年、断酒歴7年と8カ月、不良初期高齢者、リスボン、レベル64。

本日もリスボンの、多分僕のミッション?ノープラン・ブログ、ご訪問ありがとうございます。

 

今年の3月くらいから、ツイッターを活用するようになりました。

ちなみに僕は、X という名前は、

イーロン・マスクの悪だくみ?が込められているような気がして、

好きではありません。

根拠は全くありませんが。

 

ツイッターは、だいぶ以前にアカウントはもっていたのですが、

殆ど投稿も閲覧もしていませんでした。

しかし学生諸君と話していると、

僕が活用している FaceBook はやはり高齢者の SNS であり、

若い衆は、ツイッターやインスタグラムがメインで、

というよりも、それらもすでに古いんだそうですが、

それでも若い世代と交流するためには、ツイッターは効果があるだろうと思って、

活用することにしたわけです。

 

ツイッターでは、リアルの本名を名乗る必要はありませんので、

閲覧している時に気になる投稿があった時は、

以前の投稿やアカウントに付された簡単な紹介文で、

ID を推測します。

 

僕自身は、ほぼ本名をアカウント名にしていますので、

学生諸君がフォローしてくれてますし、

投稿内容によっては、ヴィヴィッドな反応が現れることもあります。

それなりに面白いですよ。

 

僕の勤務先の学生たちの投稿を読んでいますと、

たまに飲酒絡みの話題があがっています。

大学生ですから、酒を飲むことも当然あるでしょうし、

飲酒の場でのエピソードが話題になるのも自然な成り行きでしょう。

 

過度の飲酒により、心身の両者に致命的なダメージを負わせてしまった身としては、

彼女たちや彼らにアドバイスもしてみたいところですが、

単純に、「飲み過ぎたらアカンよ」では、芸がありません。

かといって「俺みたいになるなよ」では、話が重たくなりすぎます。

 

せめて機会飲酒と習慣飲酒の違いくらいについては語りたいところですが、

しかし飲酒の功罪について考えを巡らせ始めると、

個人差というエレメントが、ちょっとした壁として立ち現れます。

さらに言えば、意志の力という、訳の分からん概念も忍び込んできそうな気がします。

 

楽しく、しかし問題の根には命がけの深刻さが潜んでいることも匂わせつつ、

若者たちに嫌われることもなく、飲酒の危険性について語ることは、

結構、難問のようです。

 

でも、経験者であり、やり直しの実践者でもあり、

そしてなおかつ教育を職業としている者としては、

この難問に取り組む心意気は必要でしょうね。

 

事務作業も力仕事もできませんので、

せめて口八丁で社会貢献できるのであれば、頑張ります。