飲酒歴40年、断酒歴7年と3カ月、不良初期高齢者、リスボン、レベル64。
本日もリスボンの、歳をとらんと分からんかも・ノープランブログ、ご訪問ありがとうございます。
また音楽の話です。
ピアノとヴォーカルの練習、毎日、欠かしておりません。
定年を前に仕事が少し減ったことで、時間の余裕ができました。
そしてもう一つ、
生活の重点を、教育・研究から、音楽に移しました。
一昨日も報告しましたように、
自分なりに上達の手ごたえを感じております。
やっぱ継続は力でした - 僕のワンノートサンバ (hatenablog.com)
でももう一つ、大事なことにも気がつきました。
毎日けいこを重ねることによって、
現在の自分の限界点が見えてきました。
若い頃は、自分の限界点、言葉を変えれば、
自分はこれ以上は上達できないという点を知ることに対して拒絶感がありました。
自分の無限の可能性だけは否定したくない、
今はまだまだ花開いていないけれど、今に見ていろ、俺の時代が来る、
必ず俺は成し遂げる!
若い頃はそう信じていました。
もちろん、このある意味での気合の空回りは、若者の特権でした。
でも今は、違った感覚や認識をもつことができます。
現在の自分の力量は、当然の結果であり、
そしてその先の可能性も、現在の力量から可能な伸びしろの範囲の中にしかない、
いやむしろ、現在の力量からの可能な範囲の伸びしろには、必ず到達できる、
その潜在的な伸びしろを現実のものにするためにこそ、毎日の積み重ねがあり、
そしてその積み重ねは、必ず答えてくれる。
若い頃のがむしゃらの希望とは明らかに異なる、
ある意味では達観したともいえる希望のもち方です。
天才ではない僕たちには、天才とは違った稽古法があるのです。
そしてこの少しばかり抑えた希望の感情は、
遠慮しているように見えて、結構、厚かましい、
言ってみれば、がめつい希望のもち方かもしれません。
一度、人生を棒に振りかけたからこそ、見つけられた希望という気もします。
断酒ライフがもたらしてくれたもの、
3C(クリアー、クレバー、クール)な脳みそ、
そして謙虚なふりをしている、厚かましい希望かもしれません。